チャイムが鳴って教室を出た生徒達がそれぞれの部室へ向かう時間……つまり放課後。
 一人教室に残る予定の浦井環はなかなか出て行こうとしない女子生徒数人を大して怖く
もない目つきで睨んでいた。彼女達はちらちらと環の方を見て、例の噂話をネタにお喋り
に勤しんでいる。
 環が告白してきた女子生徒にとんでもない要求をしたらしい……その内容は、「じゃぁ、
明日から俺のためにこの服を着てくれないか!?」と熱い口調でゴシックロリータな服を
渡そうとした、というものである。
 以来、女子生徒の鬼門的存在となってしまった環だが、いい加減帰ってくれと言う彼の
視線が彼女達に伝わったのか、ようやくお喋りの団体は教室を後にする。
 ……きっと早く帰らないと環にとんでもない服を着ろと要求されると思ったのだろう。
 彼女達が教室を出る時、扉で一人の男子生徒とすれ違った。彼は彼女達がお喋りしてい
る間ずっと、廊下でじっと待機していたのだ。
 その男子生徒はようやく出て行ったか、という様子で教室に入っていった。
「こんにちは先輩!」
 環の傍に駆け寄って満面の笑みを浮かべる蓮川原唯理に、環はおうとだけ返した。
 唯理は環の前の席に鞄を置き、横向きで座って環を見上げる。
「今日は何の話をしましょうか?」
 爽やか、というよりは、可愛いといったほうが似合う唯理の笑顔。環は机の中から紙切
れを一枚取り出すとそれを堂々と彼に見せ、言った。
「今日の話題は、何故魔法使いは黒服を好むのか、だ!」
 その紙切れにはいかにも、といった感じの魔女と魔法使いが描かれている。文章書きの
環も、たまにはイラストを頑張る日もある。
「授業中に描いたんだが、なかなかの出来だろう?」
 自信満々で胸を張る環に、唯理はおぉーと感嘆の声を上げてぱちぱちと拍手する。確か
に良い意味で独特の雰囲気を持つ環の絵は魅力的なものだった。
 ここで説明しておこう。
 想像部とは……
 妄想の赴くままにファンタジーな事象を膨らませ、話し合い、互いの世界を共有するた
めの素晴らしい同好会である。
 現在会員は二名。部に昇格するため随時会員募集中である。
 しかし世間の風当たりは厳しく、妄想と言っただけで見て見ぬフリをされてしまう。
 それでも冷たい周りの反応も気にせず、彼らは日夜己の妄想に磨きをかけ続けるのであ
る。
「でもおれ、魔法使い=黒服ってイメージはあんまり無かったですよ?」
 ことり、と首を傾げる唯理に、環は驚愕の表情を見せた。
「な、何故!?魔法使いと言えば黒のローブだろう!?かの有名な額に稲妻形の傷がある
H氏だって、魔法陣をぐるぐるするK女史だって黒いローブを着ている!何より、俺が現
在執筆中の物語の魔法使いも黒服だ!」
 唯理の言葉にまくし立てるように一気にそう言う環。しかし驚きの表情はまだ消えない。
魔法使い=黒の時代は終わったのか?そんな焦りすら見える。
「ああ、そう言われれば納得もしますね」
 そんな状態の環を前にしても大して気にも留めず、平然と返す唯理。
「おれは、魔法使いと言えば、かっちりしてラインが入っててひらひらする服を想像しま
すけどね。それにほら、最近の小説やアニメなんかは結構個性的な服だったり、一般的な
ファンタジー服だったりが多くないですか?黒ローブって言ったらどっちかって言うと魔
女っ子を思い出します」
 しっかりと自分の意見を主張するあたり、さすがに想像部の部員である。
 むー……と唸って、首をひねる。唯理の意見に負けない魔法使いの例を考えているのだ
ろう。しかし現実は残酷なもので、ファンタジーは好きでも映画やアニメはあまり見ない
環には有力な例が今ひとつ浮かんでこない。
「た……確かに、最近はオシャレな魔法使いも増えてきてはいるが……基本は黒、だろ?」
 そんな彼の頭の中にあるのは唯一つ、まるでサンタクロースの服を真っ黒に染めたよう
なものをまとい、頭には三角の大きな帽子、手には木の長い杖を持った老人の姿である。
「指輪を捨てに行く話の魔法使いだって……」
「G氏は白でしょう」
 環の抵抗をばっさり切り捨てる唯理。
「な……なんてことを……」
 ひぃぃ、と身を反らせる環だが、一つだけ希望の光を見出したらしく、そらせた身体を
元に戻して唯理の目をじっと見つめて口を開いた。
「ティーンズファンタジーの星、魔術師のO氏は黒服だったぞ」
 してやったり、という表情である。
「その弟子は普通の服でしたけどね」
 あっさりと返す唯理に、しかし環はまだまだぁ!と言った面持ちで繋ぐ。
「その友人のH氏は、ガクランを長くしたような黒服で描かれていたぞ!」
「ああ、そうでしたっけ。 まーあの話は結構黒服多かったですよね」
「そうそう。やっぱり魔法使いは黒が似合うよな。うん」
 はいはい、わかりましたよ、とも取れる唯理の言葉に大きく頷いて、今までの形勢の不
利を挽回した気になる。
「法の場でも黒は何色にも染まらない色として用いられているし、やっぱり黒って言うの
は特別なんだろう」
「……その論法はどうかと思いますけど。何色にも染まらない~っていうのはまぁ、色の
特性でその通りだと思いますけど、そういう言い回しはどの色にもあるわけで、=黒が特
別っていうのはちょっと。それに魔法使いは黒が似合うかって言うのも、そのキャラの性
格やら何やらによるでしょう」
 唯理が言葉を重ねるたび、環の表情が重くなっていく。
「けど、けど……」
 何を言いたいのか分からないが、それでも懸命に環は自分の意見を戦わせる。
「昔話の魔女は大体黒い服を着ているぞ!某ネズミの会社の映画の白雪姫とか!」
 それを聞いた唯理は小さくあ、ともらした。
「さっき言いましたけど、おれにとって黒のローブって魔女のイメージなんですよ。で、
今気付いたんですけど、童話系の中では魔女と魔法使いって同じような存在ですよね。そ
ういう経緯で考えれば納得できるんですよ。ただ、普通に“魔法使い”って言葉だけ聞く
と、昨今のファンタジーが思い起こされるわけです。そうすると黒のイメージが無くなる」
「昨今のファンタジーか……確かに、ゲームの中の魔法使い的役割の奴に黒いイメージは
無くなってきているな」
 唯理の理論にたじろぎつつも、環は最近攻略したゲームの魔法使いっぽいキャラクター
を思い浮かべてみた。
「物語シリーズに黒服の魔法使いはいないな。最終幻想もそれらしい服だが、あれは青だ
し……俺は竜冒険はしていないから分からん……これもやっぱり最近のファンタジーとい
うことか?」
「竜冒険は……3がローブだったけど色は緑。他はキャラクター決まってたし、黒ではな
かったですね。 とりあえず最近の創作物を見ると、ほとんどは魔法使い=黒は成り立た
ないと思いますよ。成り立つとすれば、昔の魔法使いらしい魔法使いを連想させたい話な
んじゃないですかね?」
「そうだなぁ……もう魔法使い=黒の時代は終わったのか……?しかしイメージとして黒
には強大な力が付いていると思うんだよな。何だかよく分からないすごい力を操る黒衣の
魔法使い……萌える設定じゃないか!」
 力説する環を見て唯理は楽しげに笑う。
「おっ、ノッてきましたねぇ! 確かに魔法使いって言えば魔の力――つまり悪魔とか魔
王とかそう言った類の力を操るわけだし、そう考えると黒は似合うかもしれないですね」
「だろ?そうだろ!? で、昔のファンタジーにおいてそういう魔法使いってさ、俗に言
うラスボス的な役割だったり、人智を超えた力で主人公達を助けたりする役割だったりす
るだろ?それに比べて今の魔法使いってさ、一つの職業としての魔法使いって意味が強い
と思うんだよ。時代が経つにつれて魔法使いの弱体化が懸念されると思わないか?」
 おお、先輩がまともな事を言っている、などと自分は棚に上げて失礼な事を考えつつ、
唯理はうんうんと頷いた。ここにきてやっと二人の意見が一致したらしい。
「そうですね、魔法使いって聞くとまず職業の意味合いが思い浮かびますもん」
「神にも等しい役割から、一般的な人としての職業になったわけだ。そりゃ身近になった
なーと思いもするだろうな」
 唯理につられるように頷く環は、何となく自分の考えに酔っているように見えなくもな
い。ただ、断じて彼はナルシストではない。
「あ、だからじゃないですか?魔法使い=黒服の方程式が成り立たなくなったの。一般的
な職業だったら、その人が一般的な格好や個人の趣味が反映された個性的な服着てても納
得でしょ」
「黒ローブはそういう意味ではちょっと外れた所に位置するのかもな。確かに最近の魔法
使いルックは副部長が言ったように“かっちりしてラインが入っててひらひらする服”が
思い浮かぶが、それも魔法使いが一般的な職業として見られるようになったからだろうな。
でもかっちりして、というところはやはり魔法と言う理論を研究するものという感じがし
て、これまた萌える風潮だと思わないか!?」
 環は両手をぐっと握って身を乗り出す。
「はい、そこはおれも環先輩に同感です」
 同じように身を乗り出して顔を近づける唯理。しかし環はすぐにすとんともとの位置に
戻る。
「副部長、俺のことは部長、もしくはエドワードと呼んでくれ。環って呼ばれるのはイヤ
なんだよ……」
 はぁ、とため息をつく環に唯理はにっこりと微笑む。
「知ってますよ? だから呼んでるんじゃないですか」
「だったら尚更、どぉしてそう呼ぶんだ?」
 平然とそう尋ねる環に唯理は一瞬唖然として、それから頬を膨らませる。
「ちょっと、それ本気で訊いてるんですか?おれ何度も言ったでしょう。おれは先輩に名
前で呼んで欲しいんです!それなのに先輩が相変わらず副部長なんて呼ぶから、その分お
れは環先輩て呼ぶことにしてるんです」
 それは屁理屈だろう、と思わず額を押さえるが、確かにこれは唯理から何度も聞いたこ
とだ。そしてその度、環は同じような反応をしてきた。
「あー、分かった副部長改め唯理君。しかし俺は折角の同好会、二人きりの部員同士なん
だから役職名で呼び合いたいんだ!分かってくれこの俺の気持ちを!」
「嫌ですよそんなの他人行儀で!おれは折角の同好会、二人きりの部員同士なんだからも
っと仲良くしたいんです!名前で呼び合うなんて基本中の基本でしょ!」
 唯理の勢いは環を圧倒するが、お互い譲る気は無いらしい。
「いーや、俺は部長・副部長と呼び合いたい!それかもしくはエドワードだ!」
 そして環の言葉はもう我がままとしか言えない領域に入っている。
「だから、俺は名前で呼んで欲しいんですって!先輩がおれを名前で呼んでくれるなら、
おれは先輩を『エドワードv』って呼びますよ!?」
 エドワードの後ろにつけられた怪しい記号にうろたえるも、エドワードと呼ばれること
にときめきを感じる環(17歳)。エドワードと呼んでもらえるなら、副部長の事を唯理と
呼んでもいいかも知れない。
「(いや、ここは敢えて横文字風にユーリか?)」
 その表情はにやりとしていた。
「……先輩、何か意識飛んでませんか? 先輩ってば」
 環の笑顔に多少引きつつも、こちらに呼び戻すべく軽く肩を揺さぶる。
「……ん?あぁ、ユーリ君。大丈夫だ。ちょっと妄想の国へ行っていただけだよ」
「何となく雰囲気がエドワード化してるんですけど。妄想の国へ行くのはいいですけど、
何ですか、ユーリって?」
「他でもない、君の横文字の名前だよ。本名から遠くなっても呼びにくいと思ってね。気
に入ってもらえたかな?」
 その言葉に唯理は驚いてから、再び拗ねるようにむぅと頬を膨れさせた。
「副部長よりマシですけど、やっぱり唯理のがいいです」
「そうか?それは残念。……ところで、かなり話題が逸れてしまったな。えー、何だった
っけ?最近の魔法使い事情とその服装か?副部長」
「……そうですね、環先輩」
 きらきらと効果音が聞こえそうなほどの(ここまで来るとわざとらしい)笑顔を浮かべ
て、勿論“環”の部分を強調して答える唯理。
 と、ここで無情にもゴングが……もとい、チャイムが鳴る。
 学校中に響き渡るその鐘の音は勿論録音された音だが、それでも終業を告げる音に変わ
りは無い。
「チャイムが鳴ったな。では、今日の活動はここまでだ。帰ろうか、“副部長”」
 そしてこちらも負けずに精一杯凛々しい顔をして勿論“副部長”を強調して唯理に声を
かける。
「はい、帰りましょう環先輩。それじゃ、また明日、よろしくお願いします」
 きらきらした笑顔と凛々しい顔はそのままに、二人は席を立つと教室の電気を消して外
に出、そしてそれぞれの靴箱へと分かれる。

 さて、次の議題は一体……?