嵐の前の……



 中立の地での両国王の協議の日まであと一週間足らず。
 その日が近づくにつれ、シオンの心は揺れていた。

 遥かな昔から『機械』と『魔法』、その両方の力が対立し合い、世界を二分していた。
 戦争が起こる事は数知れず、些細なきっかけからすぐに小さな小競り合いはそれへと拡
大した。そのたびに大地にはいくつもの傷が穿たれ、意味無く多くの人の命が散っていっ
た。大地も人も、機械と魔法の戦いで疲れ果てていた。それでも双方の和解は決して現実
の物とはならなかった。自らの力を至上のものと考える『国の意思』が、決して敵国の力
を認めようとはしなかったからだ。
 二十数年前に何十回目かの……もう回数を数えるのも意味が無い戦争がようやく終結し
た。
 両国の王は中立の地『インシグニス』に立ち、互いに休戦を持ちかけた。表向きはこの
まま戦争を続けていると、必ず人はおろか大地も滅ぼすことになるだろう、と言う理由で。
しかし本当のところは、両国とも既に戦争を続けるだけの力が残されていなかったからだ。
だがそんなことが敵国に対して言えるはずが無い。国王たちは虚栄を張り、休戦を提案し
た。それでも戦争を一時的にでも終わらせた功績は大きいだろう。
 それから現在まで、両国はいつ始まるとも分からない『開戦のとき』に備えて国力を蓄
え、増強し始めた。

 人間の持つ魔法の力を至上のものとし、機械の力を他の物に頼る恥ずべき力と定義して
いるここ、『セイファーナ魔法王国』では、魔法使いとしての高い資質を持つ者を専門機関
に入れ、育て上げるという方法が採られた。通称『人狩り』と呼ばれるそれは年端も行か
ない子供までもが対象となり、国内のあらゆる場所から将来の大魔法使い候補が帝都に寄
せ集められた。
 シオンもまたその一人だった。
 王国の辺境に住む少数民族『竜嵐(りょうらん)』。そこに王国公認の『人狩り』がやっ
てきたのは、彼がまだ五歳になったばかりの頃だった。
 一人、また一人、大人も子供も関係なく潜在魔力を測る水晶玉を手に乗せられ、そのほ
とんどの者は力不足と判定されたが、シオンを含めた僅か三人だけが素質ありとして強制
的に帝都へ送られた。親の同行は認められない。選ばれた者はただ国のためだけに自らの
魔力を高めることを強制された。
 シオンは孤独だった。
 訓練が終わると自室に閉じこもり、自らの内にある力を呪った。
 この力さえなければ、自分は両親と共に戦火の及ばない秘境で静かに暮らしていけたの
に。
 そして目を閉じては心の中に故郷を思い描いていた。
 霧深い山奥の小さな集落。民族名の通り、集落の要所要所には竜が浮き彫りにされてい
る。犬や猫、アヒル、牛が、のんびりと日向で過ごしている。そんな動物をおどかしては
追い掛け回す子供。……シオンだ。そんなシオンをほほえましい表情で見守る両親。集落
の外れには小さな洞窟がある。その中に、竜嵐の守り神である風を操る竜の像が安置され
ていた。像の前には常に新鮮なお供え物が置かれている。大人たちの隙を見てお供え物を
頂戴するのは、竜嵐の子供たちにとっては一種の遊びになっていた。失敗すると勿論怒ら
れたが、懲りずに今度こそは見つからないようにと腕を上げて再挑戦する。
 …………帰りたい。
 故郷へ、せめて思い出の中へ。
 しかし人知れず流す涙には何の力も無かった。

 孤独な子供の心を癒すものは時間しかない。
 月日が経つうちにシオンは故郷を思い出すことを止め、代わりに自らの力を上げるため
の訓練や学問に打ち込むことで寂しさを忘れようとした。
 しかし国に対する恨みは消えることなくシオンの心に残り続けた。
 自らの力を高めるのは国のためでなく自分のため。彼は決して口に出しては言わなかっ
たが、常にそう考えていた。
 それから十数年。シオンは今や『人狩り』で連れてこられた者の中でもトップレベルの
実力を持つ魔法使いへと成長していた。
 もともとの力の大きさに加え、熱心に訓練を続けたところが大きいのだろう。シオンは
その若さにして国王にも認められるほどの大魔法使いとなっていた。
 しかしどんなに月日が流れても、自分から平穏と故郷、両親を奪った王国を憎む気持ち
は変わらなかった。国が狂ったように叫び続ける『魔法至上主義』も、シオンの耳には入
っていない。
 今の彼が求めるものは更なる力。しかし、魔法だけではそれは得られない。
 更なる力の完成には、どうしてもこの国では禁忌とされている『機械の力』が必要だっ
た。
 王国が管理する古代の書物が詰まった図書館。そこで偶然シオンが発見したものは、機
械と魔法が融合した文明が存在したということが書かれた文献だった。その文明は大地が
機械と魔法に二分される前に滅びたと書かれていたが、文明が存在したのならその痕跡が
必ずどこかにあるはず。
 機械の力を得たい。
 そして古代の文明の力を復活させ、王国に復讐したい。
 この二つが、今のシオンを支えていた。

 そして中立の地での両国王の協議の日まであと一週間足らず。
 その日が近づくにつれ、シオンの心は揺れていた。
 協議には双方の国の力の誇示のため、力のある者が数名ずつ選ばれ、王の護衛をする。
シオンはその栄誉ある役目を任ぜられたのだ。
「(協議の日には機械の国の奴も来る……)」
 王の護衛だ、勿論相当機械ってのに詳しい奴らが来るんだろう。その中の一人と何とか
コンタクトが取れたら……
 あわよくば自分の考えに賛同してくれるようなら……

 協議の日まであと一週間足らず。
 シオンの揺れ動く心は徐々にある方向へと揺れ方を変え、やがてそれは決意にも似たも
のになっていった。
「(機械を操る奴を攫う。そして機械と魔法のちからを融合させる術を探す。……反逆者扱
いされたところで構うものか。もうこの国に未練は無い)」
 この決意は魔法使いの本質である『真実の探究心』ゆえであろうか、それとも国家に対
する憎しみからであろうか。

 魔法と機械が交差する日まで、あと一週間足らず……