『この国の犬でいるのも今日限りだ』
 中立の地“インシグニス”、その協議の場で、シオンは声に出さずにそう言った。

『我ら、共にこの中立の地インシグニスに立ち、共に宣言する。
 強大な力を正しき知で制し、この大地を守り永久を歩むと誓う。
 これより四日間、共に過ごすことで其れを証明する』

 国境が二分する形で建てられたこの協議の場で、両国の王が声を揃えて宣誓する。
 力の象徴である剣を掲げるシセイの王。
 知の象徴である杖を掲げるセイファーナの王。
 それぞれの国の色に染められた絨毯から僅かでもはみ出さない程度まで近づき、年に一
度の恒例行事である協議の開催を告げる。
 両国の王が…両国の人間がここまで接近するのは、この機会を除けば他には無いだろう。
 機大国シセイとセイファーナ魔法王国。
 この二国は、国が出来たその時から戦争状態にあった。
 文化の違い、信じる存在の違い、操る力の違い。
 全てが違う両国は、互いに相手を認めようとせず、些細なきっかけさえあればそれを口
実に相手を滅ぼそうとすぐに戦争を始めた。
 しかし戦争は人間だけでなく大地にも大きな被害を与える。
 これ以上大地が戦火にさらされれば人間が住める場所ではなくなるだろうと判断した時
の王たちは、『休戦』という形で長きにわたる戦争に幕を下ろした。
 それから始められたのが、この地での四日間の協議だった。
(嘘でも建前でも、まぁどちらの国もそこまでバカではなかったということか)
 初めて宣誓の言葉を聞いて、協議が出来たいきさつを思い出すシオン。それから彼は、
自分を縛り付ける者たちを睨みつける。
 末席の彼の目に気がついた者は誰もいなかった。
 両国の王は、宣誓が終わるとそれぞれの国側に用意された椅子に座る。
 そしてその両横に控える秘書官と護衛官。更に背後には国中で最も秀でた六人の人間…
シセイ側は技師や設計士、セイファーナ側は魔法使いや錬金術師が半円を描いて並んでい
る。
 王が席に着いたところで、改めて互いの顔を見る両国の使者。
「今年は偶数年ですので、こちらから始めさせて頂きます」
 両国の王が椅子に座ったのを見届けてから、セイファーナの秘書官が口を開いた。
 しかしシオンはそんな事はどうでもいい様子で相手の様子を観察している。
 服装、持ち物、身に付けているもの。どれを取ってもこちらと違う。あの金属の組み合
わさったものは、一体何なんだろう、と。
 そしてシセイ側は完全実力主義らしく、背後の六人の年齢はばらばらに見えた。
(…こっち側に比べると、随分平均年齢が低そうだな…ん?)
 シオンは視線を端から順に動かしていく。中年の男、自分より少し年上であろう女。そ
して一番端まで来た時、シオンは正面に立つ自分と同じぐらいの年齢の青年と目が合った。
(こいつは…変なヤツだな。俺たちに敵意を持っていないのか?)
 青年…とはいえ、暗いところで見れば男にも女にも見えるだろう、中性的な顔。目が合
って一瞬戸惑ったような表情をしたものの、すぐに冷静にもとの顔に戻る。
 この場にいる人間の中で唯一、なんの敵意も感じないヤツ。それがシオンの彼に対する
直感的な印象だった。
 シオンが相手の観察をしている間にも、こちら側の『お披露目』は始まり、順調に続い
ていた。
 一人目の魔法使いは炎を操り、二人目の錬金術師は魔法の力無しでは作る事の出来ない
物質を見せ、三人目はどこからともなく数羽の白鳥を召喚して見せた。その度に盛大な…
とはとても言えない、ちらほらとした拍手がこちら側から起こる。
「そして最後に魔法を披露いたしますは、今年六翼になったばかりの青年、シオン・アブ
リールにございます」
 シオンはこの声をわざと無視しようかと考えたが、今後の事を考えるとそれは得策では
無いと思い、ため息をついてから一歩前に出る。
(さぁ、何が見たいんだ?)
 杖を斜めに構えて目を閉じる。イメージしたものは、荒れ狂う氷の舞。
 杖の前に青い光で描かれる古代文字の魔法陣。そして解き放たれる力。
 協議の場に氷片が舞う。今までの魔法や錬金術が比較的穏やかなものだっただけに、シ
オンの周囲に及ぼす影響を無視したこの魔法は両国の秘書官から止められることとなった。
「シオン!シオン・アブリール!止めなさい!!」
「いい加減止めさせないか!」
 シオンは二人の秘書官を一瞥すると、すぐに解放していた力を収束させる。そして何事
も無かったかのように自分の席へ着く。
 席に着いてシセイ側の人間と向き合った瞬間、真正面の青年と再び目が合う。
(さて、お前は何を見せてくれる?)
 そんな意味を込めて、シオンはごく僅かに、正面の青年にしか気付かれないように口元
だけで笑ってみせる。
「――それでは、こちらの紹介を始めさせて頂きます」
 咳払いをした後、シセイ側の秘書官が宣言した。
 静まり返った協議の場に、淡々と紹介を進めていく秘書官の声が響く。
 そして設計士や技師が、開発したばかりの機械の説明をしていく。
 魔法は派手な演出を見せれば終わりだが、機械はそうはいかない。特にこの場に持って
こられないような大掛かりなものとなると、そのほとんどを口頭で説明しなければならな
い。
(…その分、魔法は毎年見せるものが同じようなものばっかりだろうな…)
 セイファーナ側では比較的真面目にその説明を聞いているシオンは、正直そう感じてい
る。
 機械は技術が進めば毎年見せるものも変わるだろう。しかし魔法はと言うと、せいぜい
今年やって見せたようなものぐらいしか紹介の仕様がない。
(どこがどうなってもいい、って言うんなら話は別だろうが、それは向こうも同じ…か)
 大型の動物の力を借りることなく大量のものを運べる乗り物の模型を興味深そうに見つ
めながら、シオンはそう思っていた。
 彼が色々と考えている間に、シセイ側のお披露目は二人目へと移っていく。二人目の技
術者が作り出したものは、物体や風景の像を特別な紙に記録する機械だった。
(へぇ…あの機械があればもう絵師はいらないじゃないか…)
 そして三人目は、膨大なエネルギーを蓄積する鉱物とそれを将来的にどう活用するのか
という話をした。
(それってすごいことじゃないか!?…ところで、シセイの機械を動かしているエネルギ
ーって一体何なんだ?)
 興味津々な様子でその鉱物を見ているシオン。そんなシオンの様子が気に入らなかった
のか、彼の隣に座っている魔法使いがヒジでシオンを小突く。態度を考えろと言う意味だ。
 小突かれて嫌々ながら真顔に戻る。
 そうして機械の説明は進んでいき、最後に目の前に座る青年の番となった。
「最後に紹介いたしますは、最年少王属設計士であり今や国中に名を馳せる、ウルキラ・
コンステッドです」
 呼ばれた青年は複雑な表情で立ち上がり、他の代表者とは違って一礼してから自分が考
案したものの説明を始めた。
「私は今回、仕込み箱を設計しました」
 鞄の中から箱を取り出し、皆に見せる。手のひらの上に乗ったそれは箱と言うよりは金
属の塊だとシオンは感じた。
「金属の骨組みを重ねて箱型にしたもので、完全密封されています。この骨組みに仕掛け
があり、ある一部に連続して衝撃を与えることでしか開きません。手にとってご覧になり
ますか?」
 はい、ぜひ!…と言いたいのを我慢して、自分にその箱が回ってくるのを待つ。
 幸いにも国王がそれに興味を示したらしく、それをこっちに持ってこいと護衛官に合図
を送った。それから青年…ウルキラはシセイの秘書官に箱を手渡すと、護衛官を介してセ
イファーナ側へと箱が渡ってきた。
 六翼が一人ずつ箱を見ながら…ある者は失笑したり隣の者とひそひそと話したりしなが
ら、ようやくそれがシオンまで回ってくる。
(一定の部分に衝撃を与えると開くんだっけ?)
 彼は箱のあちこちをトントンと叩きながら、ウルキラが更に説明を加えるのを上の空で
聞いている。
「――大きさや開け方は自由に決められるので、中に入れるものによって用途は多岐にわ
たります。利点は開け方が簡単に解らないことと、手から離れた様態でも開けられること
です」
 結局開け方が解らないまま、シオンの手から箱が取り上げられ、シセイ側へと戻される。
 こちら側からはまだひそひそと話す声が聞こえてくる。それも仕方がない。高度だが、
箱の中身を取り出す魔法があるからだ。
「確かに、魔法ならば箱を開けずに中の物を取り出すのは可能かと思います。今回は魔法
対策を施したわけではありませんので。 そこで、変わった使用方法を一つご紹介してお
こうと思います」
 ウルキラは鞄の中からもう一つ箱を取り出す。…心なしか、その表情は曇っているよう
に見えた。
「見た目はさほど変わりませんが、中身は全く違います。それでは、開けてみましょう」
 彼は何を考えたのか、その箱を人のいない壁際へと放り投げる。
(開けるって言わなかったか?投げてどうする!?衝撃を与えるとか言ってなかった
か?)
 そして次に腰に下げたホルダーから銃を抜き、落下する箱を狙って三発、発砲する。
 金属同士がぶつかる音が高く響き、三発目が当たった瞬間、箱は光を放った後、爆発し
た。
「このように、空気に触れると爆発する物質を入れておけば爆弾としても使用出来ます」
 金属片が八方に飛び散る。中には壁に刺さったものもある。人がいない方で良かったも
のの…
(…なるほど、魔法で取り出した瞬間ああなるってことか…)
 平和主義者そうな顔して、やることは結構派手じゃないか。このパフォーマンスにシオ
ンは内心ぞっとしつつも、その片隅では拍手を送りたい気持ちが湧いていた。
 そしてウルキラは始めた時と同じ様に一礼して席に着く。
 協議の場は当たり前だが静まり返っている。
 シセイ側の秘書官も、この後どう続ければ良いのか迷っている様子だ。
「そ、それでは全員の紹介も済みましたので、本日はここまでといたしましょう」
 数拍の間を置いて発せられた秘書官の言葉に、その場にいた全員が立ち上がる。
 中央へ歩み出た両国の王が再び剣と杖を交わらせた後、それぞれの国の館に通じる扉が
同時に開かれ、王を先頭に両国の者は同時に退場した。



 ばたん、と扉が閉められる。
 その瞬間シオンに浴びせられる秘書官からの非難の声。
「シオン!どういうつもりだ!シセイの者はとにかく、我らを、王までをも危険にさらす
魔法を使うとは!」
「そうだ。荒々しいだけが魔法ではない!」
「一体お前は何を考えている!」
 それに続くように、他の魔法使いも口々に彼を非難し始める。
「申し訳ございませんでした」
 シオンは事務的に謝る。決して反論しない。
 彼らはただシオンで憂さを晴らしたいのだ。
 シセイの最後の技師が見せたあのお披露目に驚き、迂闊にも敵に間抜けな顔を見せてし
まった。しかも王の御前でだ。彼らは今、どうやってこの恥の憂さ晴らしをしようかとし
か頭に無い。だから今この場で最も若輩者であるシオンへ矛先が向く。
 そんな奴らに何を言っても無駄だ。彼は経験上、そういう事をよく知っていた。
「皆、落ち着け。あの程度の魔法で危険を感じる者など、この場には一人もいないだろう」
 その非難の声を、王が一声にして払いのける。途端に「それもそうですね」と従う面々。
「しかしシオン、あれはいかん。シセイの者どもは魔法に無知だからな。いつ自分が凍ら
されるか、ヒヤヒヤしておったぞ」
 そして高笑いする王。それでこの場は収まったが、王は更に言う。
「どういうつもりであのような魔法を使ったにせよ、次は無いぞ」
「…承知しております」
 王の威圧する低い声に、シオンは深く頭を下げる。ふん、と鼻を鳴らして、王は護衛官
と共に自分の部屋へと去っていった。
「それでは部屋割りをします」
 秘書官の声で頭を上げる。彼は誰がどの部屋を使うのかを簡単に説明した。
「四日間ここで過ごすわけですので、行動は慎重に…特にシオン。分かっていますね。で
は、解散」
 秘書官の言葉には適当に返事をして、解散と告げられた瞬間シオンはさっさと自室へ行
く。
 王に頭を下げるのも、この国の魔法使いとの上辺だけの馴れ合いももうすぐ終わりだ。
 そう考えながら。



 自室に着いた瞬間、セイファーナの正装を脱ぎ捨てる。そして着慣れた普段着へ着替え
た後、窓の外を見て考えを巡らせていた。
 窓の外に広がるのはインシグニスの遺跡。古代文明があった証拠。
 白い巨大な壁が迷路のように残るこの場所で、シオンはセイファーナに別れを告げよう
と考えていた。
 彼には野望に近い夢があった。
 それは、今なお世界の空を漂っていると言う幻の浮遊大陸へ行くこと。そして、セイフ
ァーナへの復讐。
 まだ世界が機械と魔法に二分される前、そこには機械と魔法の技術が融合した文明があ
ったという。今をはるかに越えたその技術で、古代の人々は空に大陸を浮かべた。
 シオンはそこへ行きたいと強く望んでいる。
「(誘ったってまともに取り合ってくれそうにないから…脅迫するしかないか…?)」
 空へ行くには機械と魔法、両方の力を融合させることが不可欠だという。だからシセイ
の人間の誰かを連れて行かなければならないが…
「(でもなぁ…そんなので協力してくれるとは思えないし…)」
 薄明かりの付いた部屋で、延々と思考を巡らせる。しかしいつまで経ってもいい案は出
ない。
 そのとき、ふとシセイの人間の顔が浮かんだ。
「(…えーと、何ていったっけ…ウル…?そうだ、あいつなら…!)」
 ウルキラ・コンステッド。今日見たシセイの人間で唯一、敵意を感じなかった奴。
 上手い具合に彼と接触することができれば、空への夢は予想以上に早く現実のものとな
るかもしれない。
 夜、皆が寝静まるのを待って、彼は行動を起こすことにした。



 月が完全に光を取り戻した深夜、シオンは部屋の窓を開け放ち、眼下に見える古代遺跡
へ飛び下りた。
 着地の瞬間魔法を使って衝撃を和らげる。
 改めて遺跡の白壁に囲まれてみると、自分の存在が小さなものに感じられる。
 悠久の時間ここにある遺跡。月の光がその白さを一層際立たせ、壁に彫られた文字に影
をつけていた。
 その神秘的な迷路を、シセイ側に向かって歩く。協議の館の中を行くことも出来たが、
こんな時間に出歩いているところを見られれば連れ戻されることは想像に難くない。遺跡
の中ならまだ『見学』という理由が通る。
 魔法の明かりを灯して、目線の少し下に漂わせる。白い光の球はふよふよと彼の少し先
を浮いて進んだ。
(それにしても)
 シオンは注意深く壁と壁の間を歩きながら、今日のお披露目の時の事を思い返していた。
(あの程度の魔法、とはな)
 決して人に当たらず、それでいて広範囲に激しく吹き付ける氷片。王は「あの程度」と
一蹴したが、実際はかなりの魔力のコントロールを要する難しい魔法だ。
(まさか、魔法の国の王が魔法のレベルも見抜けないのか?)
 …そんなことはないか。ただ単に嫌味を言いたかっただけだろう。
 思い出しても苛々が募るだけだと分かっていても、思い出してしまう。
(機械の国の奴らがヒヤヒヤしていたとか言ってたけど、それは本当はお前が感じていた
んじゃないのか?)
 ぴたりと足を止めて、地面を見てみる。そこにはシセイとセイファーナの境界線…国境
を知らせる線が引かれていた。
(…まぁいい。地位に溺れているだけの奴らに、魔法なんか分かられてたまるか)
 一度セイファーナ側の館を見上げる。全員もう寝ているのか、灯りが付いている部屋は
無い。
 そうして国境を…越える。
 ここに引いてある国境は一応のもの。とはいえ、過去にここを越えた者は戦争中以外で
はいない。
 シオンは振り向かずにシセイ側の遺跡を進んでいく。
 …どれぐらいこの迷路を歩いただろうか。少し先に自分のものとは違う灯りが壁の間か
ら漏れているのを見つけた。
(誰かいるのか?)
 こんな時間にこんな場所にいるなんて、一体何を考えてるんだ…と人のことは言えない
ながらも素直にそう感じるシオン。しかし灯りの主が気になるので、そっと近づいてみる
ことにした。