突然、何の前触れもなく、視界が突然真っ白な光で覆われて思わず目を閉じた。
それは何かに吸い込まれていくような……言葉では説明できない大きな力に引き寄せら
れるような感覚だった。
浮遊感は一瞬。光が収まったのを感じて目を開くと、そこはもう知った場所とは異なっ
ていた。
「な……何がどうなってるの……?」
そう言ったのは一人の少女。
振り返る。そこには自分と同じ制服を着たもう一人の少女。
どうやら、白い光に巻き込まれたのは自分だけではなかったらしい。その事実に少し安
心するが、多分そんな余裕のある状況ではない。
周囲の状況は見慣れた町並みとは一変して、寂しげな秋の林だった。
そして自分――自分達の目の前には、決して友好的とは言えない視線を寄越す二人の男。
「選ばれたのはコイツラみたいですね、炕雨さん」
「……ああ」
その二人のうちの片方はまだ見慣れた人間だったが(それでも髪の色は変だと感じたが)、
もう一人の方は完全に理解の範疇を超えていた。頭に犬のような耳があったからだ。
思わず頭が動きを止めそうだった。一人の少女はそんな様子を悟られないようにとりあ
えずにっこり微笑んで、頭を無理矢理動かす。
この状況で何故微笑むことができるのか、もう一人の少女は不思議に思えて仕方がなか
った。しかし今は二人の男の鋭い眼光にただ体を小さくすることしか出来ない。
獣耳を生やした少年はそんな態度が気に入らないのか、目を一層細くする。
「こんな時に笑えるなんて大したもんだな」
「あら、こんなことで褒めて頂けるなんて思いませんでしたわ」
恐怖感を押し殺し、少女――白銀冬呼は不敵に微笑んで返して見せた。一歩下がって、
怯えている少女――青海春を庇うように立ち位置を変える。
「あ……あの……」
春は勇気を振り絞って声を上げる。
「あ、貴方達は、誰なんですか……ここは……」
真っ直ぐに人間の方の目を見て、何とか言葉を繋いだ。
それを受けて、男はめんどくさそうに溜息をついてぽつりと答える。
「ここはアヴェンジア……その外れのリゼという田舎町だ」
勿論、そんな名前は聞いたことがない。その言葉に反応を返せるより早く、男は高圧的
なことを口にした。
「お前達は贄となる為に異世界から召喚された」
「贄って……そんな!」
「何の冗談?笑えないですよ」
男は二人の様子を気に止める素振りすらなく、持っていた大きな杖を振りかざす。
「“捕らえよ、黒金の檻”」
その言葉が発せられると共に、二人の少女を囲う黒光りする金属の檻が出現する。それ
は冬呼が危険を察知して春の手を引いて逃げるよりも前に、二人を檻の中に封じ込めた。
「どんなに理不尽だとしても、お前達に選択肢はない」
その言葉にほんのわずか、男の哀れみの情が浮かんでいた。しかし今の二人にそれを感
じ取る余裕は無い。
無駄だと解っていても大人しくするなんて出来なかった。冬呼は檻を掴み、男たちに向
かって言う。
「……ッこのまま予定通り事が進むと思ったら大間違いだから!」
それは今出来る精一杯の強がりで、そして決意の言葉だった。
「私……私だって、黙って生贄にされるほど……お人よしじゃありません!」
冬呼の強い態度……例えそれが強がりであったとしても、春にとってそれはとても救い
となった。
そんな二人を見ても眉一つ動かさず、男達はただ目配せをする。獣耳の少年は宙に浮か
んでいる檻を掴むと、先に歩き出した男の後を追った。
これからどこに向かうのか、どうなるのか……これほどの不安を感じたことは今までに
ないだろう。何せ命がかかっている。
生き延びたければ冷静にいること、考えること。そう思うことで騒がずにいるのがやっ
とだった。震える手をぎゅっと握り締めて、今自分がすべきことを考える。
幸運にも、同じ境遇の者が隣にいる。二人で考えれば、何かいい案が浮かぶかもしれな
い。
「……君、同じ学校だよね? 一年生?」
冬呼は小声で隣にいる少女に話しかける。
「は……はい、この春に入学した……ばかりです」
春は、震える声で答えた。
「そう。私は三年の白銀冬呼」
「青海春です……よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
こうして自己紹介しただけでも安心感が広がって、二人はお互いに少し微笑んだ。
「あの、白銀先輩って、もしかしてミス白夢学園の白銀 冬呼先輩ですか?だったら私、
感激です!」
憧れの先輩に出会えた春だったが、状況が状況なだけに大袈裟に喜ぶことが出来ない。
「――あ、ありがとう……」
まさか新入生のこの子がそんなことを知っているとは思わなかった冬呼は、その思いが
けない言葉に顔が熱くなった。
「妙なこと話したって無駄だぞ」
この境遇でよく話ができるものだと呆れながら、獣耳の少年は檻の中の二人に言った。
「貴方に文句を言われる筋合いはありません。部外者は口を挟まないでください」
予想外の冬呼の言葉に、少年はその耳をピンと立てて檻の方に振り返る。
「生贄じゃなかったらその口を引き裂いてやったのに!炕雨さん!この小うるさい奴らに
何とか言ってやって下さいよ!」
話を振られた男はふぅと溜息をついてから、三人を見る。
「静かにしていろ」
その一声で大人しくなる少年。冬呼と春は、それでも小声の相談を続けた。
「そういう貴方こそ、今年主席で入学した青海 春さんじゃないの?」
まさかそのことを知っているなんて、と、春は目を丸くしている。
「そ、そうです……一応……嬉しい……知っててくれてるなんて……!」
「思ったよりお互いのこと知ってたみたいだね、私達」
冬呼はそう言ってくすりと笑った。
春も冬呼につられてはにかんだ笑みを浮かべる。
「とりあえず、問題が山積みな訳だけど……」
ここからが本題、とも言える内容に更に声を潜める。
「はい……どこに連れて行かれるんでしょうか……」
「目的地に着いて即・生贄……なんてことがないと良いけど」
「この檻がなくなったら、すぐに走って逃げますか?」
「多分難しいと思う……逃げようにも、あの犬は足速そうだし、この檻出すのも簡単そう
だったし」
「聞こえてるぞ!俺は犬じゃねぇ!誇り高き狼だ!」
耳ざとく冬呼の声を聞き取った少年だが、二人の少女はその声をさらりと無視した。
「それにもし逃げられたとしても、現状じゃ元の世界に戻る方法が分からないし」
「そうですよね……大体どうして、私達がここに来たのかも分からないのに」
あまりに深刻な状況で頭痛がしそうだ。
「とにかく一つずつ問題解決していくしかないよね……」
はい、と春は俯く。視線の先には、檻の隙間を通して落ち葉が積もった地面が見える。
男達は歩みを止めることはなく、地面は緩やかに流れていった。
「それにしても……」
春は呟く。
「ちょっと場違いというか不謹慎というか、そんな話で申し訳ないですけど、この檻が浮
いて宙に漂ってる感じ、面白いですね」
春の言葉に一瞬きょとんとしてから、冬呼は思わず吹き出した。
「うん、それは確かに。 青海さんって面白いこと言うんだね」
「え?そ、そうですか?面白いですか?……でも、これが檻でなければもっといいのに。
残念です」
「これって、魔法……なのかな」
檻は金属のように見えるが、その割りに冷たさは感じない。
「あの男の人が何か言っただけで出てきたから……私、魔法なんて見るの初めてです!」
「……もうちょっと穏やかな状況で体験したかったね、折角なら」
魔法なんて非現実なものを持ち出されては、どうやっても適わないような気になる。
しかしこの世界では魔法は現実のものとして確かに在る。自分たちもこの技術を身につ
けることができれば……春は頭の片隅でそう思った。
そう考えたのは冬呼も同じだったのか、彼女は少し考えた後、獣耳の少年に話しかけた。
「ねぇ、そこの犬耳少年」
「何だよ、口先女」
「犬耳少年は魔法――って言い方が合ってるのか分からないけど、この変な力って使える
の?」
「へ……変な力だって?魔法はこの世界を構成する立派な力の一部だぞ!?……俺は使え
ねぇけど」
「ふーん……役に立たないんだね」
「なっ、なんだと!?」
冬呼の言葉に本格的に怒りをあらわにした少年。しかし少年が次の行動に移る前に、前
を歩く男が彼を制した。
「落ち着けルヴィナ、一々答えてやらなくていい。何もわざわざ情報を与えてやる必要な
どないのだから」
「……すみません」
その言葉に急に大人しくなる獣耳の少年――ルヴィナ。ピンと立てていた耳も、男――
炕雨の言葉を聞いた瞬間へたっと伏せられた。
「……謝らなくていい」
言葉を話すのが苦手なのか、落ち込ませるつもりではなかったのだろう、炕雨はぽつり
と言ってルヴィナの頭を撫でる。
「うわー、本当に犬みたい……」
春は二人の様子に衝撃を受けて、思わずそう口を開く。
反射的に怒鳴りそうになるのを炕雨の手前、寸前で抑えるルヴィナ。そんなルヴィナを
見かねて、炕雨が助け舟を出した。
「あまり挑発しないでくれないか。それとも強制的に大人しくさせられたいか?」
その鋭い眼光に、二人は無意識のうちに首を横に振る。
「全く……やり難いな」
炕雨は呟いて、また溜息をもらした。
その後は少女達が何を聞いても、ルヴィナは答えなかった。答えなかったというよりは、
答えたくなるのを懸命に抑えていた、という様子だった。というのも、ずっと耳が彼女達
の方を向いていたからだ。
そんな状態が続き結局何の情報も得られないまま、町らしき場所――おそらくリゼの町
なのだろう――に着いてしまった。