街に着いても、二人はまだ檻に入れられたままだった。 田舎町、というだけあってどこかほのぼのとした雰囲気がある。しかし子供の遊ぶ姿や、 立ち話をしている人の気配は無い。ただ静寂がこの町を支配していた。 それは明らかに不自然な光景で、春と冬呼は思わず口を噤む。 「どうしてこんなに静かなんですか?」 春は誰にともなく呟いた。 「お前達と接触することを禁じられている」 それに炕雨が端的に答える。 「生贄だなんて可哀相、って奴もいるからな。そういう奴がお前達を逃がしたりすること が無いように、予め接触を禁止してんのさ」 どんな奴か分からなけりゃ、情の湧きようもねーだろ?と、ルヴィナが付け加えた。 「ま、この辺の奴らが俺と炕雨さんに適うわけないけど」 ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らす。炕雨は行くぞとルヴィナに目で合図すると、町の中 へと入っていった。 目的地があるのか、二人は迷うことなく歩いていく。 そして、町で最も大きな建物の前で足を止めた。 「ここは?」 「教会だ。儀式までの間、お前達にはここで生活してもらう」 炕雨はそう答えながら目の前の大きな扉に手を当てる。すると扉は少し軋みながらゆっ くりと開いた。 ステンドグラス越しに、とりどりの色に染まった光が教会の中に差し込んでいる。荘厳 な教会の雰囲気と相まって、息を呑むほど美しかった。 単なる観光で来たのなら、その美しさに感動できたのだろう。しかし彼女達は生贄にな ることを告げられている。ステンドグラスの美しさも、これから待つ運命を考えると、と ても素直に感動できなかった。 ルヴィナが檻を引いて中に入ると、炕雨が再び扉に手を当てる。開くときと同じように ゆっくり閉まっていく扉、それが完全に閉じたのを確認してから炕雨は檻の方に向き直っ た。 「もういい加減出してくれませんか?」 冬呼は強気に言う。それに炕雨は少し思案した様子を見せた。 「……大人しくできるのか?」 「こんな出口も分からない所から逃げようなんて考えません。大人しくします」 春は疑わしげに見てくるルヴィナの目を気にしつつもそう答える。 「反抗的なのは構わない。しかしあまり暴れられると困る」 炕雨はそう言ってから、檻を出した時と同じように杖を振りかざした。 「“解けよ、黒金の檻”」 檻は一旦床に降りると中央から二つに分かれ、春と冬呼を出した後、空気に溶けるよう に消えていった。 「この教会の中なら自由にして構わない。欲しい物があるなら、ある程度希望に応えられ る」 「思っていたよりも待遇はいいんですね」 「……大したことじゃない」 炕雨は目を逸らしてぽつりと呟く。 「あの、じゃぁ、早速希望があるのですが……」 春は冬呼と頷き合った後、台詞の後半を口に出す。 「二人になれる部屋ってありませんか?」 「奥の扉の先に基本的な居住空間が揃っている」 炕雨が指差した先には確かに小さな扉が一つあった。 「俺達のどちらかが必ずここにいる。用がある時はここへ来るといい」 はーい、と返事をして、二人は早速扉の奥の部屋へ向かった。居住空間というだけあっ て部屋数は十分あり、見慣れない形式のキッチンには食材も揃っている。 一通り確認した後、手近な部屋に入ってしっかり扉を閉めた。 「さすがにあんな奴らでも女の子の部屋の扉をいきなり開けるような真似はしないと思う けど、念のため、ね」 そう言って冬呼はカタンと鍵を降ろす。 「さて、これからどうしようか」 春に向き直り、自分の考えたことを口にする。 「とりあえず逃げて誰かに助けを求めてみるっていうのも意外といけそうだったよね」 「そうですね。台所に裏口らしい扉が見えました。でも……」 「……でも?」 「その前に、何か食べませんか?」 「そっか、そうだね、さすがにおなか減ったし」 春の言葉に苦笑しながら冬呼もそれに同意する。 「こんな時でもおなかは減るもんだね」 「落ち着いたら突然おなかが空いてきたって感じです」 そして二人は早速キッチンに向かった。食材こそ見慣れないものばかりだが、調理器具 は自分達の世界と似たものが多かった。 「ところで青海さん……料理得意?」 「え!?た、玉子焼き程度なら……」 「そ、そっか……私もあんまり得意じゃないんだよね、料理」 レシピを見ながらならちゃんと作れるんだけど……と不安げに呟く。 「で、でも、何だって火を通せば食べられますよ!」 春は自分を勇気付けるようにそう言うと、早速かまどらしきところで火を点けてみよう とする。しかしそれらしい道具は見当たらない。 「ど、どうやるんでしょう……」 「わ、わかんない……」 二人して顔を見合わせるしかできないでいると、背後から声がした。 「なーんだお前ら、火の付け方も知らねぇのか?」 それはルヴィナの呆れたような声だった。 「……今日初めてこの世界に来た人がそれを知ってるほうがおかしいと思わない?」 冬呼はにっこり笑ってそう返す。それは馬鹿じゃないの?という声が聞こえそうなわざ とらしい笑顔だった。 「ぐっ……そ……それもそうだよな……」 ルヴィナは思わずケンカ腰になりそうなところを寸前で押さえる。この一触即発状態に、 春はただおろおろして二人を見ていることしかできなかった。 「ま、まぁいいや……しょうがねーから……つけてやるよ」 ルヴィナは必死で怒りを抑えながらそう言った。 薪を適当に炉の中へ入れると、その脇にある赤い石を手に取る。そして数回それを打ち 合わせ、火花を散らした。かまどらしきものには無事に火が灯る。 「へー……意外と原始的なんだ」 冬呼は率直に感想を述べただけなのだが、原始的という部分がルヴィナの気に障ったら しい。 「げ、原始的だと!?」 そう言うと、そのとがった耳をピンと立てて、火打石を持った手の片方を高く掲げる。 「これはそんじょそこらの火打石じゃねぇ!魔法使いが炎の魔力を込めてより一層火が点 きやすいようにした『灯し石』だ!」 そう自慢げに語る。 だからその火打石で火をつけるのが原始的なんだって、と思いつつ、それを口にしたら また怒らせるだけだろう。 「そう。とりあえず火がついたからもういいよ、ありがとう」 「ありがとうございます」 冬呼は手を振り、春はぺこりとお辞儀すると、ルヴィナは満足げに「おぅ、また何かあ ったら呼べよ」……と言って去っていった。 「あいつ何しに来たんだろう?助かったから別にいいけど」 「やっぱり……見張られている、ってことなんでしょうか……」 少し考えてみるも、明確な答えは出ない。 なので、二人はとりあえず簡単な料理をしてみることにした。包丁のようなもので食材 を適当な大きさに切り、フライパンらしきもので火にかける。調味料は少しずつ味見をし て適当に入れてみた。 「うん、なかなかいい感じにできてきてるね」 香ばしい香りがキッチンから教会の中へ広がっていく。 「まー単純なものだけど、初めてにしては上できだね」 「はい、そうですね!」 二人で顔を見合わせて笑っていると、背後から再びルヴィナが現れた。 「なーんか旨そうな匂い~」 妙な口調でそう言いながら出てきた彼を、不審な目で見る二人。 「匂いに釣られて来たの?それじゃ犬って言われてもしょうがないね」 冬呼の呆れた様子にルヴィナが「犬じゃねぇ!」と反論する……前に、春が口を開く。 「そういえば、ワンちゃんの名前、まだ聞いていませんでしたね。何て名前なんですか?」 「お、お前……喧嘩売ってんのか……?」 春のあまりにもあまりな言葉に、口元をひくつかせる。 「だ、だって、いつまでも犬の耳の人じゃあんまりだし……」 「あ、青海さん、言いたいことは分かるけどそれはちょっと言い過ぎなんじゃない……?」 さすがの冬呼も彼女をたしなめる。この子、天然なんだな……などと考えながら何とか ルヴィナを落ち着かせようとする。 「いや、うん、あんまり気にしちゃ駄目だよ、ね?こう、ほらあれ、口が滑ったっていう か、悪気はないんだよこの子には」 春に悪気は無い……というのは、何となく彼女の表情や気配からルヴィナも分かってい るのだろう。 「で、でもなぁ……あそこまで言うか?フツー……?」 「ご、ごめんなさい……私時々言い過ぎちゃう事があって……」 「ま、まぁ、悪気がないからこその台詞なわけだし……ね」 しゅんと俯いてしまった春と曖昧に笑うしかできない冬呼を見て、ルヴィナは盛大に溜 息をついた。 「はぁ…………まぁいいよ。生贄様ってことで許してやるよ」 溜息と同時にがっくりと肩を落とす。……ついでに耳もへたりと下がる。 「俺の名前はルヴィナ・レガント、誇り高き狼の血族だ。よーっく憶えとけ」 「狼……なんだか月が似合いそうですね。私は青海 春。よろしくお願いします」 「お、おう……」 予想外に真っ直ぐ自分を見てふわりと微笑んだ春に、ルヴィナは思わずどきりとする。 その雰囲気に、思わず冬呼は自分が今ここで名乗るべきなのか迷った。 しかしルヴィナの視線は多少泳ぎつつも自分に向けられている。……どうすればいいん だ?と助けを求められているように見えなくもない。 「えーと、私も名乗ったほうがいいのかしら?」 「い……いつまでも口先女じゃ嫌だろ」 赤くした顔もそのままに、彼は冬呼に言った。 「そうね……私は白銀 冬呼。とりあえずよろしく、ルヴィナ」 冬呼は少しだけ名前を教えるか否か考えてから、春とは違う余所行きの笑みで返す。異 性に笑顔を向けられるのに慣れていないルヴィナは、冬呼にまで微笑まれてどう言葉を返 せば良いのかさっぱり分からなかった。 「よ……よろ……しく」 そして結局、後ずさりして壁にへばりつき、かなりおかしなポーズでそう言うのがやっ とだった。それを見て春はきょとんとし、冬呼は笑顔のまま心の中でこいつ面白いななど と考える。素直な感情を表に出すこの青年、もしかすると取り入ることができるかもしれ ない。 「とりあえずご飯にしない?折角作ったんだからおいしいうちに食べようよ。ルヴィナも 食べない?」 冬呼はここぞとばかりに微笑んで、少しだけ可愛い声で言った。 「食べるー!」 ……そして素直を通り越して単純に喜ぶルヴィナ。さっさと春の隣に座って、自分に料 理が配られるのを待っている。 「あ、あの……もう一人の方はお誘いしなくていいんでしょうか……」 「そうだよね、ルヴィナを誘ってあの人を誘わないのはどうかと思うんだけど……でも誰 が呼びに?」 「わ、私ちょっとあの人は苦手……」 春は率直にそう言って、隣に視線を動かす。 「……俺が行くのか?」 「普通はそうだと思うけど」 話を振られたルヴィナは春から回ってきた視線を冬呼に向け不服そうに言うが、あっさ りと一蹴される。 「分かったよ。俺が呼んで来るよ。炕雨さん来てくれるかなー」 ひょいと席を立って、炕雨を呼びに行くルヴィナ。その後姿に、行ってらっしゃいと春 は手を振った。 料理を皿に盛り付けていると、程なくしてルヴィナが戻ってくる。その後には相変わら ず無表情の炕雨がいた。 「邪魔して申し訳無い、気遣い感謝する」 「邪魔だなんてとんでもないです……」 炕雨の言葉に緊張して答える春。無表情な上に堅い言葉遣いの炕雨は、春にとっては近 寄りがたい存在だった。 「お気になさらずに。どうぞ?味の保証はできませんけど」 こういった一線を隔した人付き合いが苦手ではない冬呼にとっては、炕雨は付き合いや すいとも言える。 春の隣をルヴィナが陣取っているため、自然と春の正面に冬呼、その隣が炕雨という席 順になる。 「まさか召喚早々、手料理をごちそうになるなんて思わなかったぜ」 既に両手にフォークとスプーンを持っているルヴィナは、まだかまだかと全員に料理が 行き渡るのを待っている。……その様子は「待て」状態の犬に見えなくも無い。 「私も、異世界で手料理をご馳走することになるなんて思わなかったです」 「そもそも異世界云々に巻き込まれること自体どうなんだって感じだけどね」 隣に座ったルヴィナの明るい雰囲気に春も緊張が解けたようにそう言い、皿を並べ終え た冬呼が苦笑しながら席に着く。 「それじゃぁ……」 冬呼と春は手を合わせると、同時に「いただきます」と言う。 その様子が炕雨とルヴィナの目には不思議に見えたようで、ルヴィナが興味津々に口を 開く。 「な、なんなんだそれ!?『いただきます』!?」 「あ、えっと、食事をとる前の挨拶です」 「こっちにはそういう文化はないの?」 「んーなんつーか……」 「……あるにはあるが、人間と獣人とでは違っている」 そう言うと炕雨はナイフとフォークの上に手を置き、 「このように食事ができることを豊かな我が国に感謝し、この恩に対し献身を誓う」 と呟くように言った。 そしてルヴィナは持っていたナイフとフォークを一旦置くと手を組んで、 「空と大地と海の恵みを糧とできる牙を以って、偉大なる長に忠義を貫かん」 と、小難しい言葉を唱えた。 「よっし、食うぞー!」 やることはやった、と途端にうきうきとして素早く食べ始めるルヴィナに続き、それぞ れが食事を開始する。 「世界が変われば、文化も変わるんですね」 スクランブルエッグらしきものを飲み込んでから、春は冬呼に話しかけた。 「そうだね。当然と言えば当然なんだろうけど、やっぱりやり難いかも」 似た感じではあるから生活できなくはないだろうが、やっぱり勝手が違うと戸惑ってし まう。料理だってそうだった。 とりあえず食べられる代物だな、と自分では思うものの、この世界の住人に意見を求め てみる。 「ルヴィナ、がっついてないで感想くらい言いなさいよ」 「ふん?はんだ?かんそう?」 食べ物を口に入れたまま、ルヴィナは少し考えた後料理の感想を言い始める。 「ひょっとしほあじがたりねーかな。あと、おれはたまごにはけちゃっぷはだ」 「……何言ってるか分からないし。飲み下してから喋りなよ」 呆れたように返す冬呼に、ルヴィナはうぐと唸って口の中に詰め込んだものを飲み込も うとする。するとお決まりのように喉を詰まらせ、春が慌てて水の入ったコップを渡し、 冬呼は更に呆れて溜息をついた。 「……随分、打ち解けているんだな」 ぽつりと呟かれた炕雨の言葉に、ルヴィナが驚いたように視線を向ける。 「うっ、打ち解けてなんか……」 「でも、始めの頃に比べたら私達、大分仲良くなりましたよね」 戸惑うルヴィナに、春の笑顔が追い討ちをかける。 「……もう一回自己紹介したほうがいいのかしら?」 そう言えば隣の男とは名乗りあっていないと思い当たり、冬呼がそう言った。ルヴィナ は伺うように炕雨に目を向ける。 「……必要ないと思うが」 注目され溜息をつく炕雨。 「で、でも、円滑なコミュニケーションのためには、お互いの名前を知っておかないと… …」 春は精一杯そう主張する。そして多少強引とは思いながらも、自分から自己紹介を始め た。 「わ……私は春です。青海 春。よろしくお願いします」 そしてぺこりと頭を下げる。 「私は白銀 冬呼と言います。何かと誤迷惑をおかけするとは思いますが、よろしくお願 いします」 「……お前俺に対してと随分態度が違」 「何か文句でも?」 細められた冬呼の目に思わず口を閉じるルヴィナ。 炕雨は再び溜息をつくと、仕方無さそうに自己紹介をした。 「……炕雨だ」 一言だけ言ってから少し視線を泳がせて、やはり溜息をついてから言葉をつなげる。 「コミュニケーションが必要なのは俺も心得ている。しかしあまり馴れ合われては都合が 悪い」 「馴れ合い……」 そう言われてしゅんと小さくなる春……とルヴィナ。馴れ合いの原因が自分にあると、 二人ともそう感じていた。 「俺達は覚えておくべきだ。あと数日で、俺達はお前達を殺す、お前達は俺達に殺される、 この関係を。……その時を迎えたら割り切れる、というなら構わないが」 炕雨は何かを押し込めるように、ただ淡々とそう言った。 その言葉で、和んでいた場の空気が一変する。無表情を決め込んだ炕雨と、気まずそう に俯くしかないルヴィナと春。 冬呼は気にした風もなくにっこり笑う。 「確かに一理ありますわね、肝に命じておきます。それではもう少し義務的な話をしましょ う」 炕雨は少し怪訝な表情をしてみせたが、冬呼はその笑顔を保ったまま。 「私達がこんな理不尽な事態に陥っている理由や経緯を説明する義務が、貴方方にはある んじゃありませんか?」 「そ、それは…」 ルヴィナは手にフォークを持ったまま固まり、目で炕雨に助けを求めている。 「私達、知りたいんです…!」 「何の説明もないままただ殺されるなんて、納得できなくて当然ですわ。無事に事を済ま せたいのであれば、しっかりと納得のいく説明をするべきですわよね?」 「……」 炕雨はしばらく無言で何か考えた後、また溜息をつく。 「説明したところで納得してもらえるとは思わないが。確かにお前達にはそれを要求する 権利があるのだろうな……ルヴィナ、話しても構わないか?」 ルヴィナは春と冬呼の間で視線を行ったり来たりさせていたが、二人の強い眼差しに負 けたという様子でへたりと耳を下げる。 「どうせ召喚してから数日のうちに殺してしまうんだから、長老からは何も話す必要は無 いって言われてたけど……」 そしてこくりと頷く。